Island Life

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2010/09/09

『Where Men Win Glory』

良い作品は多数の層から出来ているものだ。 ひとつの層に合わせたピントを少しずらすと、 全く別の様相を見せる層がフォーカスして来る。 時を経て遠くから眺めてみると、近くで受けた印象とは異なる全体像が浮かび上がる。

Jon Krakauerの "Where Men Win Glory : The Odyssey of Pat Tillman" もまさにそんな名作のひとつ。どこにピントを合わせるかによって 色々な読み方ができる。

短く紹介するなら、「NFLの現役選手でありながら、9/11テロ後に米軍に志願し、 アフガニスタンで友軍誤射によって命を落としたPat Tillmanの軌跡」ってことになる。 そこにピントを合わせれば、この作品は、無謀とも見える単独行によって 命を落としたChristopher McCandlessを追った "Into The Wild" の延長にあるとも言える。実際、KrakauerはTillmanの人生を生い立ちから 丹念に追うことで、「なぜ彼は、NFLの選手という誰もが素晴らしいと認める 職業を捨ててまで戦地に赴いたのか」という答えをあぶりだそうとしている。 ("Into the Wild" でも、McCandlessは物質的な幸福に背を向けたのだった。 cf. 20081111-into-the-wild)。

けれどもこの作品では、その答え探しはたくさんの層のひとつだ。 Tillmanの人生の軌跡と平行して、 Krakauerはアフガニスタンで起きていたことを解説する。 本書の前半は、ソビエト侵攻前夜から米国の「テロとの戦争」によるアフガン侵略 までの歴史の、良いサマリにもなっている。

中盤以降も複数の層が平行して語られる。 軍隊に入ったTillmanの直面した、理想と現実のギャップ。 Tillmanは「正しいことをする」ために入隊したのだが、 同時入隊のほとんどはむしろ、行き場が無くて軍隊を選んだ若者達だった。 「有名人」であるTillmanに目をつける上官もいた。「いい気になるな」というやつだ。 一方で、Tillmanは尊敬できる軍人にも多く出会う。 軍隊という組織ひとつとってもそこに複数の層がある。

中盤では、イラン戦争中の "Battle of Nasiriyah" が詳しく扱われる。 Jessica Lynchがイラク側に捕獲され、数日後に救出された戦闘だ。 Pat Tillmanも、出動はしなかったものの救出作戦の後方支援として待機していたので 一応関連するのだが、ここでの焦点は別にある。 この戦闘での米軍の死者はほぼ全て友軍誤射によるもので、 そもそも戦闘の発端も米軍自身のミスによるものだった。 Krakauerはいくつかの章を割いて、戦場の混乱の中で友軍誤射が生じるメカニズム、 そして世論をコントロールしようとするブッシュ政権の情報操作を、 証言を元に浮き彫りにしてゆく。

Battle of Nasiriyahの経緯は、Tillmanが命を落とすことになる アフガニスタンのKhost Provinceでの戦闘の経緯の伏線にもなっている。 ここでも、上層部の無理解と判断ミスが発端となり、 敵襲を受けてパニックになる中で部隊内での連絡が分断され、 Tillmanは仲間の銃弾に倒れる。

後知恵で軍規違反やミスを指摘するのは簡単だけれど、その場にいた当事者が どうすれば良かったのか、自分がそこにいたら何が出来たか、という問いに 答えるのは難しい。 正直、一旦運命の歯車が悪い方に回り始めると、個人の力でそれを止めるのは 不可能なように思える。 戦争については、War Gamesの有名なquote、 "The only winning move is not to play." というのは 真実だろう。でも始まっちゃったもんをどうしたら良いのかはわからない。

Tillmanの死後、友軍誤射の事実は隠され、 ブッシュ政権はTillmanを悲劇のヒーローとして情報操作しようとするが、 今度はJessica Lynchのようにうまくは行かなかった。 遺族の絶え間ない追求により度重なる調査がなされ、 多くの証言が情報公開法によって明らかになった。

ただ、Krakauerの筆致は、単にブッシュ政権や米軍の隠蔽体質を糾弾するという だけではない。今回はたまたま米国だっただけで、愚行はどんな組織にも 起こり得る。けれども愚行を避けようと「ものわかりの良い」人間ばかり育てる社会は、 不条理な挑戦を避けるからっぽの人間しか生み出せなくなる。 大きなパースペクティブで見れば、閉塞を乗り越えるには Pat Tillmanのような、あるいはChristopher McCandlessのような人間が 必要なのだ。この主題が、Krakauerの全ての著作に流れる基底音だ。

(Amazon.co.jpだと"Where Men Win Glory"はハードカバーのしか 出てこなかったのだけれど、 ペーパーバック版の方が新しい情報をもとに改訂されているので、 読むならペーパーバック版がおすすめ)。

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