Island Life

< 消すの取り消し | 選べる人が選べばいい >

2010/06/03

選ばなかった道

あなたは42歳、技術者として安定した職についている。 過去にビジネスを立ち上げようとしたこともあったがうまくいかなかった。 今は裕福ではないが、日々の暮らしに困ることはない。

ふとしたきっかけで、あなたは20歳そこそこの2人の若者と知り合う。 一人は弁舌の立つ、エネルギッシュな若者。技術者としてはまだまだ経験不足のようだが。 もう一人は技術の天才。ただ、あまりビジネスに関心は無いようだ。 さて、この二人は画期的な新製品のアイディアを持っていて、 それを商品化しようとしていた。2人の意見が対立した時 (それは頻繁にあった)のために、彼らはあなたに調停役を頼む。 結局、10%をあなたが、残りを彼らが半々で持つことにして、会社を作ることになる。 あなたはこれまでの経験を活かしてすぐに必要書類を作り、役所に届けを出す。

しかしこの若者達はあなたの予想以上にワイルドだった。 一人は早速、販売店に掛け合いに行くと、出来上がった製品を 卸す約束でかなりの資金を前借りして来た。 もし製品がうまく出来なかったら…あなたの出資分は10%とはいえ、 他の二人は素寒貧の若者である。会社が負債を抱えて立ち行かなく なった場合、あなたが前面に出て後始末をせねばならないだろう。

彼らの熱意とビジネスセンスを見ていると、きっといつかは成功するだろうと思う。 けれどそれまでにどれだけ、不安で眠れぬ夜を過ごさねばならないだろうか。 過去の失敗が心をよぎる。心臓をわしづかみにされる感覚。 景色が色褪せ、足元から世界が崩れて行く幻想。

あなたは熟考の末、手を引くことを決断し、2週間を経ずして、 会社のシェアを二人に譲ることにする。

変更の書類を役所に提出して表に出ると、 世界はまた色彩を取り戻したように見える。 傍観者であることがこんなに楽だとは。 彼らにはこれからも、技術者として、またビジネスの先輩として、 必要ならアドバイスしてやれるだろう。中にいないからこそ、 余裕を持って見えることもある。それが自分の立ち位置なのだろう。 帰りしなにカフェに寄り、ゆっくりとコーヒーを味わいながら、 あなたはここ数週間の行動を、満足して振り返る。

---主観的に脚色してるけど、下の記事を読みながらこういったシーンを思い浮かべていた。

ちなみにこの記事において、「あなた」はRon Wayne、 「二人の若者」はSteve JobsとSteve Wozniak。 つまり、「作った会社」はApple Computer Incだ。

成功者の物語は、成功した地点から振り返って語られるものだから、 すべての道筋が必然的に成功につながっているように見える。 けれどもその道筋には至るところに分かれ道があって、 大勢の「その道を選ばなかった」人たちがいる。 その分岐に立っていた時点で、先のことは全くわからない。 右を選んだ人も、左を選んだ人も、自分の基準で正しいと思う選択をしただけだ。

この業界で20年もやっていれば、 事業を立ち上げて失敗した話は成功した話の10倍くらい聞くものだが、 「選ばなかった」話についてはさらにその100倍くらい転がっている。 選ばなかった人の物語は、成功者や失敗者の物語に比べれば華やかさに 欠けるかもしれないけれど、実際に分かれ道に立って選んだ時の 葛藤に思いを馳せれば、同じくらい劇的な人生であるはずなのだ。 成功者のわかりやすい物語よりも、 一見「平凡」な人生に隠された、そういったドラマをもっと知りたいと思う。

Tag: 人生

Past comment(s)

maru (2010/06/03 17:30:11):

人生にも投機的実行ができればいいのに、と思うことがあります。過去の選択が正しかったと言えるように未来を作る努力を怠りそうですけど。

shiro (2010/06/03 20:08:20):

現実では計算主体は自分だけじゃないので、いつロールバックするかで揉めそう。それとも多世界モデルで、自分だけの世界がロールバックできるようにする? でも、多分そのモデルは個人視点から見たら最適に見えて、全体最適になってなくて、社会環境は(ロールバック無しモデルに比べて)悪化することが多いんじゃなかろうか、という気がする。

その意味では、成功者の成功は、その道を選ばなかったたくさんの人々によって支えられているとも言える。

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