Island Life

< コードの適者生存 | らむ太とシラブル >

2012/02/13

やりたいことかどうかって、やってみないとわからない

最初は下手だし失敗続きだろうけど、 我ながらひでぇ出来だけどとにかく作れたことにちょっと誇りを感じちゃったりとか、 自分の下手さに直面した上でそれでもああもっと上手くなりたいなあと切に願ったりしちゃうかもしれない。 あるいは、作る前には予想もしなかった障害に次から次に出会って、 そこまでしてやりたいわけじゃないや、と気づくかもしれない。

勉強なら他所でやれ | Transistor

本当に、モノづくりがしたい人は、ひとりで作り始めています。絵を描いたり、曲を作ったり、ゲーム作ったり、映画を撮る人も居る。これは衝動であり、技術がないからやらない、仲間がいないからやらないとかそういうものではないです。

つまりこの学生は、ほんとはモノづくりなんかしたくないんです。ただモノづくりに憧れてるだけ。それを憧れのままにしててモヤモヤ諦めきれずに、なんとなくそれっぽい業界に入りたいと思っている。はっきりいって迷惑です。

至極当然のことが書いてあるなあと思って読んでたんだけど、 はてブを見たら、全然違うふうに取ってる人がいてちょっと驚いた。 曰く、育ててる余裕がないから即戦力が欲しいだけじゃないかとか、 大学や専門学校では会社で必要なスキルは学べないんじゃないかとか。

いや、「学生時代に何か作って得たスキル」が即戦力になることなんて期待してないと思うよ。

もちろん学生時代からプロで通用するすごい人は時々いるけど、 そういう人は業界が放っとかないのでこの話の対象外。

それ以外の人は「特別な実績もスキルもない新卒学生」でいいんだよ。 「仕事のスキル」は現場で教えられるし、「実績」は仕事でしか積めないんだから。 多くの人は、やりたい人に教える気は持ってるし、教えたいと思っているはずだよ。

だけれど、「これがやりたい仕事である、と本当に思っている」ってことは、 応募にあたっての最低限のラインじゃないかな。でなけりゃ教えたって無駄になっちゃう。

一度も何かを完成させたことがないってことは、 これをやりたいって心底思ってるのか、 それとも単にこれもいいかもしれないなとぼんやり夢見ているのか、 自分自身にだって判断する術が無いってことじゃん。

もちろん、それをどう判断するかっていう方法は業種によって違う。 現場に入らないと経験が出来ないって業種もあるだろうし、 そういうところでは「受ける前に経験積んでこい」ってのは無茶な話だ。

ただ何かを創作する業種なら、現場に入る前にやってみることができるし、 本当にやりたいかどうかの適性判断テストとして他の方法はないと思う。 (それにパスしたうえで、なお「自分はこれを仕事としてやるよりアマチュアでやってゆく 方が向いている」と気づくことはあるけれど)。

言い方が偉そうで気に入らないって人もいるみたいだけど、 別に理不尽な要求してるわけじゃない。本当にやる気がないのは (あるいは「やる気がある」と自己暗示をかけてるだけの一時の気の迷いは) 「ひやかし」だ。ひやかしは勘弁して、っていうのがそんなに偉そうかな。

★ ★ ★

ちょっと似た構図だなと思ったのが、最近あった、 岩波書店の「応募には社員か著者の紹介が必要」という要綱への賛否両論。

否定派は「この慣習が広まったら就活のハードルがさらに上がる」って心配してるみたいなんだけど、 自分はこの業種でこの会社だから意味を持つ条件であって、広まる必然性が無いと感じた。 編集者さんと付き合いがあるだけで、出版業界の中はよく知らないから 外しているかもしれないけれど。

ある出版社の本を読んで著者と意見交換したくなったら、その方法はたくさんある。 そういうことを、就職なんて関係なしに、既に自分からしちゃってる人と、 岩波が採りたいと思っている人の適性とがかなり一致してるってだけじゃないかな。 今まで一度も著者と連絡を取りたいと思ったことが無かったとしたら、 そもそもどうして自分が出版業界に向いてるって思ったのだろう。

ジェネリックな適性検査や筆記試験、 あるいは曖昧な「やる気」や「コミュニケーション力」を要求する面接の方が ずっと非人間的な、ひどい選考方法だと思うけど。

★ ★ ★

まあこういう条件を明示することで、こんどはコネを作るのがテクニック、みたいに なっちゃう可能性はある。最初の話にしても、「就職に必要だというから とりあえず学校の課題で作ってみました」みたいなポートフォリオを揃えてくる人はいるだろう。 そうなっちゃたらまたその時に考えればいいことで。

Tags: Career, ものつくり

Past comment(s)

(び) (2012/02/14 04:46:34):

件の記事で秀逸だと思ったのは、「ほんとはモノづくりなんかしたくないんです。ただモノづくりに憧れてるだけ。」のくだり。何をやりたいかじゃなくて何になりたいかを問われ続けて育った弊害をうまく言い当ててるなぁ、と。

shiro (2012/02/14 11:42:29):

ふむ。でも「あれになりたい」ってのがきっかけだったとしても、どっかの時点でそこに至るまでの具体的なステップを見る機会があるべきですよね。例えばプロ野球選手になりたかったら、少なくとも野球の練習をいっぱいしなくちゃならないことは小学生にだってわかる。大部分の職種ではきっとそういうステップが見えにくいのだとして、昔に比べてうんと情報が得やすくなっている現代ならもうちょいそのへん(憧れの職業に至る道筋)がわかりやすくならないものかな、とも思う。むしろ情報過多で埋もれちゃってるのかな。

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