2017/09/02
宿題は禁止に値するのか
最近、複数ルートでこんな記事がシェアされてきた。 どの新聞雑誌か、またいつのものかは不明。
米教授研究 小中学生の「宿題」成績向上に効果なし
「宿題は禁止に値する」
...米国デューク大学のハリス・クーパー教授は、 「小中学生の宿題はほとんど効果がない。むしろ悪影響を与える」 という研究成果を発表した。 クーパー教授は200にも及ぶ研究結果を分析、 学習に及ぼす宿題の効果がプラスになるのは年齢により、 小学生の年齢では宿題が成績向上につながる効果は認められず、 中学生の年齢でも効果はほとんどなかったという。 宿題のプラス効果がやっと現れるのは高校生の年齢になってからで、 それでも1日2時間以上の宿題は逆に成績を下げることがわかった。 クーパー教授は、宿題よりも子供が「楽しい」と思う時間を 増やすことの方が成績向上につながるとし、「小学生の宿題は禁止に値する」と述べている …
ちょっと違和感を覚えたので、元研究を探してみた。 Duke大のHarris Cooper教授は確かに宿題の効果に対する研究を続けている。 最も大きなものは2006年に発表された、1987-2003年に渡る調査を分析したメタアナリシスだ。 被引用も多い。
- Harris Cooper, Jorgianne Civey Robinson, and Erika A. Patall: Does Homework Improve Academic Achievement? A Synthesis of Research, 1987–2003. Review of Educational Research Spring 2006, Vol. 76, No. 1, pp. 1–62. http://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.3102/00346543076001001 (PDF)
- Duke大の解説記事 https://today.duke.edu/2006/03/homework.html
しかし、アブストや解説記事によれば、 この研究は「宿題には効果がある」という結果を示しているのだ (より正確には、「宿題と成績には正の相関が見られる」)。 もちろんやりすぎは良くないということで、 Cooper教授によれば宿題は「学年x10分」が最適値の目安という。 つまり小学1年生で10分、2年生で20分…高校最終学年(12年生)で2時間、という具合だ。 宿題の是非を論じる一般記事にも、この結果は宿題の必要性を示すものとしてしばしば言及されている。
日本語記事は「1日2時間」には言及しているが、なんだか論調が違う。 2006年の結果を覆す新しい結果が出たのだろうか?
といったことをfacebookにコメントしたら、 友人の高階経啓さんから「これが元ネタの記事では」という情報が。
この2016年のSalon.comの記事ではCooper教授の2006年の調査を宿題の効果を否定する根拠といて引いている。 構成など、たしかに日本語記事と類似していて、これが元ネタということはあり得る。
但し重要な点として、日本語記事にある「宿題は禁止に値する」という文は、Salon.comでは筆者の意見 ("Elementary school kids deserve a ban on homework.") であって、 Cooper教授の発言ではない。
Cooper教授もどこかでそういった発言をしたのだろうか? 「学年x10分ルール」とは相反するので、どこかで意見を変えたことになる。
Cooper教授は調査結果とそれに基づく提言を一般にもわかりやすい書籍にしている ("The Battle Over Homework: Common Ground for Administrators, Teachers, and Parents")。 最新版(第3版)は2016年のもので、Kindle版を買ってざっと目を通してみたが、 2006年の調査と相反するような話は出てこなかった。 Cooper教授が「宿題は禁止」と言い出すとは考えにくい。 この1年で考えを変えたという可能性は排除できないが。
Salon.comの記事では、Cooper教授の調査について、 "No evidence of academic benefit at the elementary level. It did, however, find a negative impact on children’s attitudes toward school." (「小学生では学業上の利点を示す証拠はみつけられなかった。 しかし、学校に対する児童の態度の点で負の影響が認められた」とある)
これは間違いではなく、 確かに小学生(1-6学年)においては調査結果の相関は正も負もあり、 相関はゼロから有意に大きいとは言えない (論文p.43)。 また、学校への態度の負の影響を示す調査結果もあるにはあるのだが、 こちらも調査間でばらついている。
しかしCooper教授の論文はこれを以って小学生の宿題に意味は無いとは結論づけていない。 標準テスト以外の成績も考慮した場合の調査はいずれも、小学生であっても正の効果を見ている(p.28)。 教授は標準テストで正の相関が出にくい原因について、 ひとつには小学生の宿題は直接の成績向上よりも 勉強習慣をつけることを目的に出されていること、 また、成績の低い者ほど宿題に時間を費やすことが、 時間と標準テスト成績に負の相関をもたらすことで打ち消されている可能性、などを挙げている。
なので、Salon.comの記事は、宿題否定論者である著者がCooper論文の都合の良いところを つまみ食いしたのでは、という印象が拭えない。
日本語記事ではさらに「中学生の年齢でも効果はほとんどなかったという」とあるが、 これは明白にCooper教授の結果と相反する。 "The Battle Over Homework: Common Ground for Administrators, Teachers, and Parents" からの引用:
Cooper教授がごく最近、それまでの結果を覆す新たな結果を得た、 という可能性はゼロではない、という留保をつけておくが、 この日本語記事は一次情報に当たらず、 さらに二次情報をまとめる際に読み違えをしたという可能性があると考える。
makki (2017/09/08 10:53:32):