2013/03/22
『夏への扉』の公証人のくだり
USに来て、「昔、小説で読んでずーっと謎に思っていたアレはコレだったのか!」と膝を打つことがある。
『大草原の小さな家』シリーズの一冊に、お父さんがクリスマスの前に街まで買出しに行って、 吹雪で帰ってこれなくなるというエピソードがある。 お父さんは吹雪をおして帰ろうとして道を失い、古井戸か何かに落っこちるんだけど、 それが幸いにシェルターとなって助かる。 そこで閉じ込められている間に、 お腹の空いたお父さんは「クリスマス用に買ってきた牡蠣のクラッカー」を全部食べてしまった、という描写があった。
この「牡蠣のクラッカー」っていうのが子供の頃からずっと不思議で、 何だろう、牡蠣が練り込んである、っていうのも変だよなあ、 乾燥させてるのかなあ、どんな味がするんだろう、と心に引っかかってた。 大学の時に原書も読んだけれど、原書でも"oyster cracker"とあって特に説明はないので、 謎は解けなかった。
なので、スープに入れる オイスター・クラッカーを知った 時に積年の疑問が解けてちょっと嬉しかった。 お父さんが食べたのはこれだったのか!牡蠣が入ってるわけじゃなかったんだね。
★ ★ ★
同じように、子供の時に読んでからずっと疑問として心にひっかかっていたのが、 ハインライン『夏への扉』の次のくだりである。主人公ダンが友人の娘であるリッキィの キャンプ先を訪れて重要な書類を渡そうとするところだ。
手元のハヤカワ文庫版(福島正実訳)より引用する。 いまだに訳本を持っているくらいに、好きな作品なのだ。
署名しかけて、ぼくはまたもや舌うちした。証印がない。ぼくは時計を見た、しまった、 もうこんな時間なのか! ぼくたちは、知らぬまに、1時間の余も話しこんでいたのだ。 そのとき、わが番犬女史が事務所から首をつき出した。「保母さん」
「はい?」
「このへんに、公証人はいないでしょうか? やっぱり村まで行かないとだめですか?」
「わたくしも公証人ですよ。なにかご用ですか?」
「すごい! 証印をもっていらっしゃいますか?」
「肌身話さず持っていますよ」
そこでぼくは彼女の前で署名し、彼女が署名して、二人の署名の上に証印を打ち出した。 ぼくは心の底から安堵の溜息をついだ。さあ、ベル、これでも改竄できるものなら、 やってみるがいい!
保母の女は、好奇の目を証券に注いだが、さすがに質問はしなかった。 ぼくはことさら厳粛な面持ちで、「不幸というものは必ずおきるものです。 その場合の用心ですよ」といった。女はわかったようなわからないような顔でうなずいて、 また事務所に戻っていった。
「証印」って何だろう。ハンコみたいなもの? なんかとても大事なもののようだけれど、だとしたらなんでキャンプ場の付き添いの女性がたまたま持っててそれが使えたりするんだろう?
これも、USに来て公証人のお世話になった時に、ああそういうことだったのか、とわかった。
日本にも公証人ってのはいるみたいだけど、普段の生活でお目にかかることは滅多にないと思う。 USだと、少々大きな手続き (車の売買くらいの規模とか) になると公証人(notary public)のお世話になる。10数年暮らしてて、これまで数回利用したかな。資格は必要だけどそれ専門の職務というわけじゃなくて、普通の人がやってる。「確かに本人がこの書類に署名しましたよ」ということの公の証人となってくれる人だ。
"notarized" が要求される書類は、署名欄に勝手にサインしてはいけない。 公証人の前で身分を証明し、署名するところを見てもらう。その後、公証人が「確かに本人が署名したことを目撃しました」という署名をして、最後に証印(seal)を打つ。 これは大きなペンチみたいなもので、署名部分を ガッシと挟むとでこぼこの模様が浮き上がるというやつだ。 これを施された後で署名を偽造するのは、確かに難しいだろう。
★ ★ ★
と、まあこれだけの話なんだけれど、これをわざわざ書こうと思い立ったのは、 最近原書の『The door into summer』を読んでいてこのくだりに差し掛かったためだ。
ああここも昔は謎に思っていたなあ、と思いながら読んでいたら、なんかちょっと違う。
I started to sign and then noticed our watchdog sticking her head out of the office. I glanced at my wrist, saw that we had been talking an hour; I was running out of minutes.
But I wanted it nailed down tight. "Ma'am!"
"Yes?"
"By any chance, is there a notary public around here? Or must I find one in the village?"
"I am a notary. What do you wish?"
"Oh, good! Wonderful! Do you have your seal?"
"I never go anywhere without it."
So I signed my name under her eye and she even streched a point (on Ricky's assurance that she knew me and Pete's silent testimony to my respectability as a fellow member of the fraternity of cat people) and used the long form: "---known to me personally as being said Daniel B. Davis---" When she embossed her seal through my signature and her own I sighed with relief. Just let Belle try to find a way to twist that one!
She glanced at it curiously but said nothing. I said solemnly, "Tragedies cannot be undone but this will help. The kid's education, you know."
She refused a fee and went back into the office. I turned back to Ricky and said ...
- 翻訳だとダンが証印を持って来なかったと舌打ちしているようにも読める。 もちろんダンが持っていても意味がないものだ(自分の署名の証人にはなれない)。原書では 「サインしかける」→「付き添いの女性が覗いてるのに気づく」→「時間経過に気づく」→「でも手続きを確実にしたいがために公証人を尋ねる」、という流れ。
- "she even streched a point" のくだりがごっそり省略されている。これは公証人が本人確認したよ、と書き込むところをより強い形式で書いたってこと。
- "Tragedies"のところも変えてある。原書では「起きてしまった悲劇をなくすことはできないけれど、これは少しでも助けになるでしょう。子供の教育のためですよ」あたり。
- "She refused a fee" も変えてある。公証人は手数料($10とかそんなもの)を取るのだけど、彼女は受け取らなかった、ってこと。
日本では公証人制度の馴染みが薄いので、大胆にアレンジしたのかもしれない。クライマックスに近いところだから、説明を足してスピード感が薄れるとまずいしね。 (このへんは翻訳者のバランスによる判断だと思う。個々の文やパラグラフを1対1で訳すよりも「原文の背後にある流れ」の方が重要であることはある。)
とはいえこの後も邦訳と見比べながら読み進めてみたら、文や、時にはパラグラフごと訳が省略されてるところがいくつか目についた。もしかするとこの訳は別の版に基づいてるのかもしれない。
翻訳自体にケチをつける意図はないけれど、全体を通して、原書の方が流れが良いとは思う。 『夏への扉』は最近新訳が出てるようだから、今度帰った時にでも見てみよう。
2013/03/22
ピアノレッスン87回目
- Bach: Well-Tempered Clavier Book I No. 3 (C♯ major)
- まだちょっとミスがあるのでもう一週がんばりましょう。
- Scriabin: Sonata No.4
- 少しづつ頭に入ってきたかな。
来週が芝居の初日なので あまり練習できない。
Tag: Piano
2013/03/21
子供の勉強
昔取った杵柄で、子供の勉強を見るなどお茶の子歳々じゃ、と思っていたのだが 小学1年の段階で既にやばくなってきた。主に語学的な問題で。
らむ太が「学校でつくったよー」と持って帰ってくる作品を見ながら辞書を引きひき追いつこうとしている (教科書が無いので先回りができない)。
今日は学校の近くの公園に行って植物を色々スケッチしてきたようだ。 その中の単語を忘れないようにメモ:
- bryophyte コケ類植物
- pteriodophyte シダ類植物
- spermatopyte 種子植物
- gymnosperm 裸子植物
- angiosperm 被子植物
angi[o]- という接頭辞は血管とか心臓病とかそういうコンテキストで見たことがあるな (angiogram:血管造影図 とか angina:狭心症) と思って調べたら、「(血管壁、もしくは種子の皮によって)被われたもの」、という意味らしい。血管と種がどうつながるのかと思ったら、大元は「何かに被われたもの」で、その「何か」のひとつが「胸」になって胸の中にあるものから転じて血管になったのかな。
2013/03/17
Things I wish I had been told in theatre school
役者としてキャリアを作ってゆくためのアドバイスだけど、役者に限らず専門職のフリーランスや、一般の就職にもあてはまることもあるなあと思った。
オーディションについて:
- Directors, casting agents, and producers care as much about how easy you will be to work with as they do about how good you are for the role. If not more so.
(監督、プロデューサー、キャスティングエージェントは、あなたがその役をどのくらい上手くできるかと同じくらいかそれ以上に、あなたと仕事がしやすいかどうかを重視する) - Ninety percent of casting decisions have nothing to do with how you perform in your audition.
(役をもらえるかどうかの決定の90%は、オーディションでどのくらい上手くやれたかとは関係ない) - Most of the time, when you don’t get the part, it’s not because you suck, but because of some other (probably superficial) reason altogether. Unless you suck.
(役をもらえなかった場合のほとんどは、あなたが下手糞だったというよりも、もっとずっと表層的な他の理由でそうなっただけだ。もちろんあなたが本当に下手糞だった場合は除くけれど。)
これは就職面接でも同じだと思う。ランダムな要素があまりに多いので、落ちた場合にいちいち理由を推測して思い悩むのは無駄 (cf. 結果を待つ間)。もちろん必要とされるスキルは磨かないとならないけど、それは普段からやっておくもので、「面接のために」やる作業ではない。
仕事について:
- Don’t do everything. Seriously. Know when to turn something down. And believe me, you’ll know.
([来た仕事を]何でもかんでもやろうとするな。マジで。仕事を断ることを覚えよ。そのうちわかるようになるから。) - It’s not unreasonable to expect to be paid for your work. And you should be. But you won’t always be. So when you do work for free, which will be a lot, make sure it’s work that you’re passionate about or will really be a career booster. And honestly, it should be both.
(仕事には[それに見合う]報酬が支払われることを期待するのは問題ない。そうあるべきだ。でも時には望む報酬が出ないこともある。タダでやらないとならない時(それは[役者にとっては]よくあることなんだけど)は、その仕事が本当にどうしてもやりたいものであるか、キャリア作りに大きく役立つものであること。本来は、その両方であるべき。) - No matter how big of a star you were in school, out here, you are just a part of a team. So act like it. And give credit where credit is due at every opportunity.
学生時代にどんだけ有名だったとしても、現場では、あなたは単なるチームの一員だ。だからそのように振る舞うこと。そして他の人に助けてもらったら、必ずその功績を認めること。) - Acting is actually easier than you want to believe it is. And more people can actually do it than you want to believe. And most people behind the scenes work harder than you do. So don’t be a diva.
(演技というのはあなたが思っているほど難しくはないし、あなたが思っているよりも多くの人がこなすことができる。そして裏方で働いている人のほとんどはあなたよりもたくさん働いている。だからスター気取りになるな)
このへんは、演技を特定の技術に置き換えればフリーランスへのアドバイスになる。
2013/03/16
在宅勤務と出勤
私のプログラミングの仕事は、ほとんどのクライアントが日本か米国本土なので 必然的にリモート(在宅)での仕事となる。 自分としては在宅勤務は都合が良いし(通勤時間をカットできる、というのは本当に大きい)、 デメリットも感じない。 けれど、どんな仕事も在宅でok、というわけじゃないのも承知している。
在宅でもokな仕事と、そうでない仕事を分けるものはなんだろうか。
在宅のデメリットとして、「対面でないと伝わらないことがある」という議論を良く見る。 もちろん物理的に空間を共有することで伝えられる非言語情報というのは大きい (それは舞台役者として日々実感してるわけで)。 けれど、客を相手にする場合とかならともかく、 仕事上のコミュニケーションを非言語情報に頼っているとしたら、 少々、いやむしろ非常にまずいんでないかと思う。
例えばミーティングなども、必要な事項を伝達したり、 自分の主張を明確に伝えたり、まともな議論をしたいならば、 情報はかなり言語(+話し方)にエンコードされているはずで、 それならリモートでのカンファレンスコールやビデオ会議で十分だ。 むしろ、「カンファレンスコール+オンラインでの資料共有や共同編集」で成立するか どうかは、有用なミーティングかどうかの判断に使えるのではないか。 それで成立しないようなら、そのミーティングは多分時間の無駄。
でもやっぱり、空間を共有しないとどうにも動かないなあ、ということはある。 それは何だろう。
最近は、あと10日ほどで初日を迎える芝居『All That Remains』のリハーサルに 入っているのだけれど、それにヒントがあるような気がした。
『All That Remains』のリハーサルは月〜金の18:00〜22:00でやっている。 (本番直前の週だけはtech rehearsalが入るから土日も埋まるけど)。
リハーサルというのは単なる練習ではなく、参加者全員による共同創作だ。 やってみる、感じる、アイディアが出る、それを試す、さらに感じる、そのサイクルを高速で回す。 これを4時間やるとくたくたになるけれど、 その間は自分の創造回路がブーストされていると感じる。 これこそ、空間を共有しないとできないことの典型例だ。
この時間を有用なものにするためには、この4時間とは別に、一人で考える時間が必要だ。 リハーサル後に、その日稽古場で起きたことを頭の中で整理する。 日中の生活のでも頭のバックグラウンドプロセスで芝居の分析を回しておく。 ああそういうことだったのか、と昼間に突然わかることもあるし、 今日のリハではこれをやってみよう、っていうアイディアが出てくることもある。 その準備がないと、リハーサルの時間を有効に使えない。
このサイクルは、何かを作る仕事なら共通するところが多いんじゃないかと思う。 「わーっと作って壊して具合を見る」ための、 共有する時間は必要だ。けれどもその時間を有効利用するための準備として、 他人に邪魔されない、一人での時間も必要だ。
毎日8時間、創造回路のブースト状態になるのは、短期間ならともかく、継続するのは よっぽど特殊な人でない限りは無理なんじゃないかと思う。せいぜい6時間、 ウォームアップを各自済ませて共同創作モードに入れるなら1日4時間で良いんじゃないか。 そして、一人でやる準備時間は他人との空間共有はむしろ邪魔であって、 本人が最も集中できるところでやるべきだろう。自宅であれ、ドアのあるオフィス部屋であれ。 それなら1日4時間出勤すれば良いことになる。 あるいは1日置きに一人モードと共同モードをスイッチするのもいけるかもしれない。 それなら通勤時間も減らせるし。
在宅が良いか、出勤が良いか、という選択ではなく、それをうまくブレンドすると 生産性が最大化できるかもしれない。

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