Island Life

2008/05/18

本の選択

Paul Grahamがなにげに凄いと思うのは、エッセイに引用する書籍の 多様さだ。「ピーター・メール『どうして離婚するの?』」 (『子供につく嘘』で引用)とか、 1880年刊行の『ビートン夫人の賢い主婦マニュアル』 (『ハッカーと画家』収録の『格差を考える』で引用)とか、 エッセイの主題を決めてから資料を集めてるとは考えにくいんだけど、 普段からこういうのを読みまくってるんだろうか?

Tags: PaulGraham,

2008/05/17

理性と感情

データとか論理とか理性とかを感情よりも重視することを「知性」というなら、怒りや疑問をとりあえず表現することのほうが大事だと考える私は反知性主義者で別にいい

内容よりこのタイトルの文章について反応。

感情はエンジン、理性はハンドル、どっちが欠けても困るよなあ、どっちも 大事だよなあ、とまず思う。

ただ、感情には気をつけた方がいい。強い感情はエンジンをぶんまわして 大きな行動力をもたらす、ということを私たちは意識よりも深いところで 良く知っている。そのため、 明確に意識されないような隠れた動機が感情を利用して自分に何かをさせようとすることがある(*)。 これは表層の意識に登るような理性の働きよりも下のレイヤで起きる ことで、意識から見るとまるで「感情が自発的に湧き起こってきた」かのように 感じられる。 人の心は実に巧妙で、自分に嘘をつくことに長けている。 例えば自分が表立っては認めたくない何かをやりたい時に、怒りや不快感を生じさせることで、 自分を衝き動かすといった具合だ。 表層の意識は、怒りに衝き動かされてやったことだと行動を 正当化できる(本気でそう思い込める)のでまことに都合がよろしい。

怒ってはだめと言ってるのではない。というか怒りは素晴らしいエネルギー源なので 使わない手はない。ただ、なぜ怒っているのかということについて目を瞑らないように するには客観的になる必要があり、それには理性や論理が役に立つ。 感情の奔流に飲み込まれ、全力で疾走しながらも、目を逸らさずにその理由を見つけようと する態度を知性と言うんじゃない?

目指すべきは、理性を重視することでも、感情を重視することでもない。 一方で爆発する感情でうなるエンジンの振動を全身で感じながら、 もう一方で理性の回路で感覚を冷静に処理してゆくことを同時に行うって ところではなかろうか。

-*-*-

(*) このことは役者なら誰でも知っている。役者の仕事の一部は、 自分の心にあるこのメカニズムをハックすることだからだ。 近代の演劇術が発見したのは、 「意識によって直接特定の感情を呼び起こすことは出来ない。 しかし、目的の感情が起きる条件を揃えてさえやれば、 その感情は自然に呼び起こされる。」ということだった。 もちろんその条件は人それぞれ。その人が生きてきた人生がまるごと 関係している。 自分はどういう時に怒るのか、笑うのか、悲しくなるのか、嬉しくなるのか、 せつなくなるのか、良い役者は自分の心のカタチを良く知っているのだろうと 思う。

Tags: 表現, 芝居

2008/05/12

外から見た東京

こないだDVDで『Lost in translation』 を観た。Scarlett Johanssonいいなあ。 映画自体も良くできてると思った。

で、ネット上の感想をちらほら見ていたんだけど、日本からの感想で 「東京の描かれ方がひどい」というものが少なくないのにちょっと びっくりした。『Babel』の時も日本パートについて似たような 感想を見たなあ。 27年間東京に住んでて、離れて10年以上経った身からすると、あの描き方は 外から見た東京を非常にうまくとらえていたと思うんだが。

そりゃあ、あそこに映像化されてたものが「東京の全て」であるわけはない。 そもそも創作は対象のある一面を切り取ってみせるものなんだから。 観客として「ああいうふうに見られたくは無い」と思うのは自由だけど、 創作者が「ああいうふうに見る」のもまた自由だよねぇ。 「ああいうふうにしか見られないというのは(創作者は)東京の何たるかを わかってない」という論はあり得るけどあんまり意味が無い。 そもそもあの映画については「東京の何たるかをわからない」こと自体に 意味があったわけだし。

ちなみにハワイもメディアによく登場するけど、映らないところは たくさんある。創作者に切り取られた時点である程度はフィクションに ならざるを得ないわけで。ただ、だからと言って観客が自分の目で 直接見たら全てが見られるかというと、結局それもその人の視点で 切り取られた断片にすぎない。創作物が力を持っているのは、 切り取られたフィクションの中に真実の投影が潜んでいるからだ。 ホログラムのように、それ自体に真実が記録されていなくても、 観客の視点と合わさった時に真実のひとつが浮かび上がってくる。 それが、創作物を鑑賞する醍醐味なのではないか。

Tag: 映画

2008/05/09

天災

スルーしようかと思ってたけどつい。 ギフテッドの概念ってやっぱりあんまり理解されてないんかなあ。 (はてブで一人だけ指摘してるけど)。

偏差値80も偏差値20も、普通じゃないという意味では同じで、 普通の教育にはついてけないから、特別なフォローが必要ってことだよねぇ。 (別に普通が良いとか悪いとかじゃなくて、文字通りの意味で平均的なカリキュラムってこと)。 上の方に外れている場合でも、学校の勉強に意味を見出せなかったり 何を求められてるかわからなかったりして、傍目には問題行動取りまくりってことになる。

他人にIQ200であることを指摘されるのが呪いなんじゃなくて、 そういう特性を持ってしまったことが既に呪いなのだ。 才能は、それを使うスキルを身につけない限り、本人の身を滅ぼす (前にも書いた→20051125-curse-of-gift。 しつこいけど、David Morrelの "Orange is for anguish, Blue for insanity" はこのテーマにおける名作)。 あと、呪いと祝福は同じものの裏と表である。とスティーヴン・キングがどっかで 書いてなかったっけ。

そこまでひどく上の方に外れてない場合で、 授業を一切聞かずに勝手なことをしてても黙認してくれる先生に運良く当たり続けると、 特別扱いされなくてもサバイブできる場合がある。私は運が良かった。 小中高と授業にほとんど参加した覚えが無いんだけど(出席はしてた)、放任しててくれたからなあ。

あと、才能って本人のものっていうよりみんなのものって気がする。 全員全く同じ能力だと種としての生存が危ういでしょう。 集合体としての人類が、サバイバルのために遺伝子プールにバリエーションを 持たせてるって感じじゃないかな。

(追記2008/05/09 16:50:10 PDT: 能力の呪いと祝福という点については、キングの "Firestarter" に その風味があると思う。超能力ものという点では "Carrie" や "Dead Zone" と同系列に 見えるけれど、"Firestarter" では主人公の一人が「生まれながらに能力を持たされ」、 「幼年期に苦労してその能力を制御することを覚え」、 「思春期に(多少のうしろめたさを持って)能力を解放することを覚える」という 要素が入ってて、私はそれに単なるキングの純粋なイマジネーション以上のものを感じる。 つまり、キング自身が子供の頃から「書かずにはいられない」{呪い|祝福}をかけられて いたことが反映しているんじゃないかと。)

Tag: Career

2008/05/03

Scheme Workshop

今年のWorkshop on Scheme and Functional ProgrammingのCFPが出てます。 論文締切りは6/20。今年はプログラム委員を拝命しています。 難しい話ばかりでなく、「こんな実用案件に使ってみたら、こんな発見があった。 」というような 話題も歓迎です。世界のSchemerに向けてあなたのアイディアや 経験をシェアできるチャンス!

http://www.ccs.neu.edu/home/will/scheme2008/

Tags: Conference, Scheme

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