Island Life

< 昔、ものを作るのは本質的に孤独な行為だと... | lambda on Mars >

2004/02/02

20年近く前の、11ぴきのねこの話を読んだら、 いろいろな思い出が甦ってきた。 11ぴきのねこの歌がぐるぐる頭を回ってる。

元の戯曲にある歌詞に、自分と、先輩の OさんTさんで分担して曲をつけたんだった。 機材が揃っていたOさん宅に何日も泊り込んでカラオケをレコーディングして、 本番の後で今度はキャスト総出でコーラスも入れたサウンドトラックを作った。 古いテープをいちいち引っ張り出さなくても、 結局最後までちゃんと弾けなかったフレーズとか、 ソロで音をはずしたところとか、細かいところまで覚えている。

どんな作品も、一度きりしか作れない。 作り終わったら、それを手放して、 また新しいものを一から作り始めなくちゃならない。 でも、その一度きりの時間は、永遠だ。 時間は遡れないから、二度と手にすることはできないけれど、 その時間があったということは永遠だ。 そして、その時間を誰かと共有したということも。

ものつくりが、ものつくりの孤独を受け入れられるのは、 心の中にそういう永遠をたくさん持っているからだと思う。 外套を脱ぎ捨てるように気楽に終わった作品を手放して、 新しい一歩を始められるのは、 永遠の時間を失うことは決して無いことを知っているからだろう。

Tag: 芝居