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2008/12/20

理論と現場

ハワイ大学で受けた「Acting for the Camera」のクラスは、 自分にとってはじめての「フォーマルな演技理論」の経験だった。 これまでもいくつかのアクティングクラスで、 リラクセーションや感覚記憶、感情記憶などについては触れられていたし、 objective、motivationなどの概念をシーンワーク時につまみ食い的に紹介されたことはあった。 一方で演技論に関する本をいくつか読んで頭ではなんとなく 理論めいたものを知ってはいた。しかし、具体的に スクリプトから出発して撮影可能なレベルのシーンを作るまでの過程を 通じてどのように理論が使われるか、そしてそれらの理論が相互に どのように関連しているか、を示してくれたのはこのクラスが初めてだった。

演技というのは個人のセンスだとかアーティスティックなひらめきで 成り立っていて理論とはそぐわないように思われている節がある。 演技の理論などというとまるで「この手順に従えば演技が出来ます」という 公式みたいで嘘くさい。そういうのを学んでも紋切り型の演技しか 出来ないんじゃないかという気さえするかもしれない。

実際に学んでみて思ったのは、演技の理論と実践の関係は 計算機科学の理論と現場のプログラミングとの関係に似ているということだ。

プログラミング言語の文法とライブラリの知識を一通り身につけて、 現場で出会うパターンについて経験を積んで行けば、 職業としてやって行けるくらいにプログラムは書けるようになるだろう。 一方、計算機科学の教科書を見ると ギリシャ文字やら妙な記号やらがいっぱい出てきて、 現場のプログラミングとはかけはなれているように感じられる。 そんな小難しいことを知ってプログラミングに役に立つのだろうか。

実際には、抽象的な理論は、現場で出会う問題の根底にある「構造」を 見抜くのに役に立つ。 理論を知らず経験だけに頼るのは、目隠しをして旅をするようなものだ。 今までと似たようなパターンの問題に対しては、 勘に頼ってなんとなく進んでみても、いずれ目的地に着けることが多いだろう。 けれどそれでどうにも進めなくなった時は途方に暮れるしかないし、 全く見たこともないような問題に対してはそもそも何をどうしたら良いのかわからなくなる。 理論を身につけてその応用方法を知っていれば、 全体を見通して系統立てた攻略法を組み立てたり、 近道がありそうなところを嗅ぎ出すのに役立てることができる。

もちろん理論を知らないでもずば抜けた直感力で何とかしちゃう人はいる。 また、理論を身につけていても必ず道が見つかるとは限らない。 ただ、理論を身につけていた方が勘だけよりも成功率が上がるのは確かだ。

演技の理論にも似たところがある。 センスと経験だけでもそれなりに演技は出来る。 けれどそれは実は半分運頼みみたいなものだ。 理論は「この公式を当てはめれば演技が完成する」というようなものではないけれど、 自分なりの完成形を作って行くという過程の道筋を見極めるのに 大いに役に立つ。その道筋をたどる努力は飛ばすことはできないけれども。

(スタニスラフスキーシステムやメソッドがしばしば同じような演技しか もたらさないかのように批判されることがあるが、理論を公式のように 考えてしまうとそうなるのではなかろうか。)

クラスで学んだ具体的な理論については後でWiLiKi:Shiro:ActingForTheCameraにまとめる。

Tags: 芝居, Programming, Career