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2010/01/25

『プログラミングClojure』のできるまで (訳者サイド)

2009年の5月下旬、まだ原書がベータ版の頃だが、オーム社の 森田さんより企画の話を聞く。当初は「誰か訳せる人に心当たりはないか」 という問い合わせだった。 あいにくClojure使いで翻訳に時間の取れそうな人、というのは 思いあたらなかったのだけれど、

  • 2008年のDLSでRich Hickeyの講演を聞いて、私自身Clojureに興味を持っていたこと (ちなみにGauche 0.9に入っているutil.sparseはClojureのデータ構造を参考に している。immutableではないけれど)。
  • 夏に出張が続くことがわかっていたので、断片的な時間が翻訳に当てられそうなこと
  • 原書のpdfに目を通してみて、文体のリズムが自分に合っていそうなこと

から、原書刊行直後の6月中旬に正式に引き受ける返事をした。

作業は森田さんの作ったシステムで行った。XMLマークアップされた 原稿がパラグラフごとに重複しており、一方に言語タグenが、もう一方に jaがついている。そのjaの部分を翻訳で置き換えてゆくという形式だ。 原稿はsubversionで管理されており、こちらで訳してコミットすると 向こうのバックエンドでja部分だけ抜き出して組版してpdfにしてくれる。 バックエンドの組版システムはたぶんIdeoTypeの 後継にあたるものだと思うのだけれど、直接触ってはいないのでわからない。 Gaucheも一部に使って頂いているようだ。

実際の翻訳作業の多くは、飛行機の中や出張中の空き時間で行った。 細切れの時間はコーディングには向かないけれど、2時間くらいの単位があると 翻訳は進められる。私のスタイルは、一度読んで理解したらパラグラフ単位で 頭からがしがし訳してゆき(pass1)、全部訳した後で呼応関係を考慮して修正(pass2)、 その後細かい直しをする。pass2は、前の方で出てくる要素が後の章での話題の 前フリになっていたりする場合に、訳語の選び方を間違えると前フリが成立 しなかったりするので、そこを調整するのに必要。なので全部訳してからでないとできない。

本書の場合、原文も簡潔・直接的で訳しやすく、たぶんpass1は一章あたり 実質3-6時間くらいだったと思う(ただし、これには「頭の中で熟成させる」時間は含まない)。 出張ラッシュが終わる9月頭には全9章中8章が終わっていた。

ところがここで全部終わらせなかったのが計算違いで、その後本業が一気に忙しく なってしまい、2ヶ月ほど眠らせることに。レビューアの方々も9月には 揃っていたのだけれどお待たせしてしまって申し訳ないことをした。 もうちょいがんばってたら、私が忙しくなる時に平行してレビューすることで レビュー期間をもっとたっぷりとれたと思う。結局、1月中に刊行するには これがぎりぎりの日程、というところになって尻に火がついてpass2まで 終わらせ、1ヶ月弱のレビューを経て発行となった。

レビューは、レビューアの方々にpdfを読んで問題点をtracにイシュー登録してもらい、 私の方で時間が取れる時にバッチで修正する形で行った。 チケットをもりもり解決してゆくのは気持ちよかったけれど、 pdf-チケット-原稿XML間のリンクを自動化するなどできると もっと使いやすくなるかもしれない。

訳語や送り仮名の統一、レイアウト調整だけでなく、 日本語版索引の作成(原書でも索引は本文中にマークアップが入っているのを 自動抽出しているが、日本語にする場合は見出し語の一貫性やソート順などを 考慮しないとならないのでかなり面倒)などの作業は 森田さんやトップスタジオの金子氏など編集の方々の手によるものである。 他にも、名前の出ないたくさんの人の手がかかって一冊の本が完成する。 訳者の仕事は一部にすぎない。

もっとも、名前が出るということは責任を引き受けるということで、 おかしな訳があれば私の責である。さっそくいくつか見つかっちゃってるようだが、 適宜サポートページ http://practical-scheme.net/wiliki/wiliki.cgi/Shiro:ProgrammingClojure にて正誤表をアップデートしてゆくのでよろしく。

Clojureの翻訳本を出すことをドイツ人の友人に話したら、 「いいなあ、ドイツではCS関連書のドイツ語翻訳というのは需要が少なすぎて出せないなあ」 と言われた。専門書の翻訳書が出せる市場がある、という点では日本はわりと貴重な 存在なのではなかろうか。そりゃ原書をすらすら読める方が情報網は広がるだろうけれど、 人のアジェンダは人それぞれ、 皆が皆、母国語と同じくらい英語を読めるようになるだけ時間をかけられるわけじゃない。 本書でLisp系言語へのとっかかりが増えてくれたら嬉しい限りである。

そしてもちろん、最終目標はLisp族によるJavaエンタープライズの乗っ取りである。ふはははは。

(追記2010/02/10 00:45:28 UTC) 編集者の森田さんからのふりかえり: 『プログラミングClojure』のできるまで(編集者サイド)

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