Island Life

< アメリカと言っても広うござんす | 「就活」話続き >

2010/02/26

就活=イニシエーション

日本社会では「就活」がイニシエーションと見なされているのではなかろうか。 ある社会において、大人の仲間入りをするために、何らかの試練--- 一人で何日も山に入って獲物をしとめなくちゃならないとか、タトゥーを彫るとか---に耐えるってやつ。 バンジージャンプももともとはイニシエーションじゃなかったっけ。 日本社会においてはそれが「就活」だ、と考えると色々なことが腑に落ちる。 (ここで、カッコ入りの「就活」は日本風の、新卒採用向け就職活動を指す。以下同様。)

終身雇用や企業内教育がしっかりとしていた時代ならまだ、 新卒で良いところに入るために在学中から長期間活動することに合理性は あっただろうが、もうそれがあてに出来る時代ではなくなった。 大学での成果も参考にできず、実際に仕事の経験もないため適性もわからない、 そんな早い時期から長期間の「就活」をする合理的なメリットは学生にも企業にも全く無い。 それでもなおこの慣習が無くならないのは、 学生も企業も「自分だけレールを外れることによるリスク」を恐れてるせいかなと これまでは思っていた。 皆こんなこと無駄だと分かってるんだけど止めるに止められないってことかなと。 実際、「就活」に対する批判的意見をネット上で目にすることは増えている。

けれども、その一方で未だに「就活」に対して肯定的にとらえる人が少なくないようだ。 曰く、人間として成長する機会だとか、 学生気分が抜けて「社会人」としての自覚が出てきただとか、 就職してしまえば色々な企業に話を聞くなんてこともできないので得がたい経験が出来る、等々。

もちろん、個人的体験としてそのような効果があったことを否定するつもりはないし、 それぞれの「就活」体験を矮小化するつもりもない。けれども、「就活」を肯定するためには、 そういう体験が他では得がたいものだったか、デメリットを補って余りあるものだったか、 という議論をする必要がある。 実際、「成長する機会」は就活に限らず困難な体験を通じて得られるものだし、 いろんな企業の現場を見せてもらうというのも、学生という立場を活用すると 案外あちこちに潜り込めるものだ。今後インターンシップも普及してゆくだろうから、 学生のうちに現場を見たり経験したりする機会は増えて行くだろう。

「就活」によって「社会人」の自覚が出来るというのはどうだろう。 実はこれこそが、「就活」がイニシエーションであることを示していると思う。

このコンテキストで使われる「社会人」は、往々にして 単なる「社会の一員」(それなら学生やニートだってそうだ)だとか 「食い扶持を稼いでいる人」(それならフリーターだってそうだ)という以上の ニュアンスを持っている。「ちゃんと就職してる人」、という意味だ。 学生は「社会人」の前段階として位置付けられ、半人前とされる。 学生のうちには分からない、厳しい世間の風に当たることで、 ようやく一人前として見なされるわけだ。

「就活」がイニシエーションであると考えれば、 「就活」について議論する際に気をつけるべき点がいくつか見えてくる。

まず、イニシエーションは文化であるということ。 「就活」が単に時代遅れになった慣習であれば、 合理的な議論によって変えて行くことはできるだろうが、 文化を議論によって変えるのはもっとずっと難しい。 その文化を上書きしてしまうような大きな社会の変化を起こす方が簡単かもしれない。

また、イニシエーション経験者には、 イニシエーションを肯定しようとする心理的なバイアスが生まれる。 「自分を一人前だと思っている」 →「一人前なのはイニシエーションを通ってきたから」 →「イニシエーションが否定されると、自分が一人前だという自己認識が揺らぐ」 というメカニズムだ。一種のコミットメントバイアスと言えるかもしれない。 これはほぼ自動的に起きてしまう心の働きで、逃れようがない。

コミュニティがイニシエーションを課すのは、このメカニズムによって 「自分はそこに所属している」という認識を強固にするためである。 イニシエーションの中身は実は何でも良くて、 少なくとも本人が「覚悟を決め」なければならない程度に困難でありさえすればいい。 困難の度合いが高ければ高いほど、通過者の帰属意識は強固になる。 イニシエーション経験者が日本社会の中で多数を占めていれば、 このバイアスもまた、「就活」という慣習を変えて行く大きな障害になるだろう。

「就活」を経験して「社会人」になった人や、 今現在「就活」中の人が、「就活」について議論する時は、 どうかこのバイアスを考慮に入れて欲しい。 あなたが「就活」を肯定的に思っているとすれば、その気持ちの何割かは、 単にあなたが「就活」に乗ることを選んだという事実から来ている。 あなたのその経験は、日本風「就活」でないと得られないものだったろうか。

Tag: Career

Past comment(s)

zaud (2010/03/05 12:31:56):

だから、大人になれなかったのか。 就活しないで親の会社に入ったのは失敗だった。 でも、結局会社が傾いて色々な試練を受けました。 逃げて通ってもツケがまわってくるものです。

shiro (2010/03/07 05:09:15):

まあ、人生は人それぞれ、その人が向き合うべき時に課題に向き合えばいいんじゃないですか。それを年齢などで区切って無理やりやらせてしまうのは、社会が均一なパイプラインなら効率が良いでしょうけれど、そうでないと弊害の方が大きくなるってことだと思います。固定した制度には必ず抜け道や迂回路があり、制度が効果的に働かなければ、迂回路を狙う意味の無いノウハウ(クルージというべきか)がごてごてと増えて行くばかりなので。

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