Island Life

< 道具によって育てられる | ピアノレッスン31回目 >

2012/01/09

知的なツール、努力の方法

数日前にHacker News経由で Inri137 comments on I'm not so smart as I thought I wasという Redditエントリを読んで感銘を受けたんだけど、そのエントリが 邦訳されていた。と思ったのだが、重要なポイントを外している。

下の英文blogエントリが元のRedditのポストを部分的に引用していて、 件の邦訳はその引用部分を訳したもの。 この英文blogエントリの引用が、元のポストの最重要部分を外した引用なのだ。

上の邦訳だけ読んだら、「プライドを捨て、助けを求めてもいいいから、とにかく頑張れ」ってアドバイスに読めちゃう。でもポイントはそういう精神論じゃないんだ。 オリジナルのポストにはもっと具体的right onなアドバイスが書かれていて、 そこを省いちゃうのはあまりにもったいない。

オリジナルポストを書いた人はMITに入って、順調な滑り出しをしたかのように思ったのも束の間、 たちまちついてゆけなくなる。寮のとなりに、2年生ながら大学院の数学まで取っちゃうような 素晴らしく頭の良いRという先輩がいた。

I suffered through half a semester of differential equations before my pride let me go to R. for help. And sure enough, he took my textbook for a night to review the material (he couldn't remember it all from third grade), and then he walked me through my difficulties and coached me. I ended up pulling a B+ at the end of a semester and avoiding that train wreck. The thing is, nothing he taught me involved raw brainpower. The more I learned the more I realized that the bulk of his intelligence and his performance just came from study and practice, and that the had amassed a large artillery of intellectual and mathematical tools that he had learned and trained to call upon. He showed me some of those tools, but what I really ended up learning was how to go about finding, building, and refining my own set of cognitive tools.

微分方程式を学期半ばまで苦しんだ挙句、とうとうRに助けを求めた。 彼は私のテキストを一晩借りて内容を確認し (彼にとってはとうの昔にやったことで思い出さなければならなかった)、その後、私がひっかかっているところをひとつづつ、一緒に進みながらコーチしてくれた。 結局その学期はB+を取って、惨劇は免れた。ポイントは、彼が教えてくれたことは、「地頭の良さ」といったものとは何の関係もないことだったってことだ。学べば学ぶほど、彼の知性と成績は、単に彼が勉強と練習を積み重ねて、結果として大量の知的ツール、数学的ツールを装備しいつでも使えるようにしていることから得られたものだ、ということに気づいた。彼はそういったツールのいくつかを見せてくれたけれど、私が最終的に学んだのは、必要な知的ツールを探しだし、作り上げ、研ぎ澄ませて自分なりのツールセットを揃えて行く方法だった。

You got A's because you studied or because the classes were easy. You got a B probably because you were so used to understanding things that you didn't know how to deal with something that didn't come so easily. I'm guessing that early on you built the cognitive and intellectual tools to rapidly acquire and process new information, but that you've relied on those tools so much you never really developed a good set of tools for what to do when those failed. This is what happened to me, but I didn't figure it out until after I got crushed by my first semester of college. I need to ask you, has anyone ever taken the time to teach you how to study? And separately, have you learned how to study on your own in the absence of a teacher or curriculum? These are the most valuable tools you can acquire because they are the tools you will use to develop more powerful and more insightful tools. It only snowballs from there until you become like R.

君がAを取りつづけていたのは、勉強したからか、教科が簡単だったからだ。 それが初めてBを取ってしまったのは、理解することに慣れすぎて、ちょっと手強い問題に 出会った時に、どうすれば良いかわからなかったからだ。 多分君は早いうちに、新しい情報を素早く獲得して処理する、知的ツールをこしらえたんだろう。 けれど君はそれからずっとそのツールだけに頼ってきて、それがうまく使えなかった時に 代わりに使えるような良いツールを身につけることを怠ってきたんだ。 私もそうだったんだ。けれど私は、最初の学期で落第しそうになるまでそのことに気づかなかった。 誰かが時間をとって君に「勉強のやり方」を教えてくれたことはあるかい? それとは別に、教師や決められたカリキュラムが無い状態で、自分だけで勉強を進めるやり方 というのを学んだことはあるかい? これらは、身につけるべきツールのうちでもとりわけ 重要なものだ。これらのツールを使えば、さらに強力で深い洞察ができるツールを 開発することができる。そこから雪だるまのように膨れ上がって、いつかはRのようになれるんだ。

「努力しなさい」というアドバイスは全く、これっぽっちも役に立たない。 何について努力するかが重要なのに、そういうアドバイスは 「何について」という点を何も教えてくれないからだ。

問題を前にして、何が必要なツールかを考える。そしてその必要なツールを身につけるために練習する。 努力っていうのはその過程を単に後付けで評する言葉にすぎない。

(追記2012/01/10 09:50:07 UTC): okudaさんによる全訳。通して読むとなお良いです。

Tags: 学習, 教育

Past comment(s)

okuda (2012/01/10 09:07:03):

私もあのアドバイスに感銘を受けた一人です。全訳してみました。http://d.hatena.ne.jp/tictac/20120110/p1

shiro (2012/01/10 09:50:23):

すばらしい。本文にも追記しておきました。

okuda (2012/01/10 14:15:45):

shiroさん、ご紹介ありがとうございます。今度Gaucheインストールしてみます :) 同じような悩みを抱えてる受験生や若者(俺含む)にメッセージが少しでも伝わればいいな、と思っています。

aka (2012/01/13 07:44:29):

ちょっとコメントします。私の感覚では、原文の内容は、そんなに卓越したものではなく、数学を含む様々な分野(例えば競技スポーツ等)における入門者に対する助言やコーチングとして古くから存在していたものと思います。そして、それらはどちらかというとスタートポイントまたはそれ以前の助言にすぎず、知的創造性や知的生産性の具体的なノウハウはもっと深いところを押えることがポイントかと。MITの連中ですら、この程度のところでつまづくことがある、ということがミソなのかなぁ。私が原文をちゃんと理解できていないのかもしれませんが、こんな感想を持つものもいる、ということを伝えたく。

shiro (2012/01/13 08:20:34):

原文は、新しいことや深い洞察があったから受けてるのではなくて、多くの人が薄々感じていた/指摘してもらいたかったことを明解に言語化してくれた (それも、「つまづいた高校生」という相手に合わせる形で) ってところが共感を呼んだんじゃないですかね。

つまり、コーチングとして古くからあったにせよ、それを明確にわかりやすい形で伝えてくれた人がいなかった、と思ってる人がたくさんいた、ってことです。

私も、理工学系分野はともかく、例えば「テキストの読解」だとか「演技」「表現」といったようなことにも適切なツールセットがあり、必要なツールを見つけて磨いてゆくことでその分野に深く入ってゆけるんだ、ってことをわかるようになったのは最近のことで、これを若い頃に知っておきたかったなあ、なんて思ったのです。個々のノウハウの話以前の、メタノウハウの話ですね。

でもメタノウハウをメタノウハウだと理解するには、具体的なノウハウをいくつか会得しておかないとならないかも。だとしたらいきなりメタノウハウを示されてもだめかなあ。

aka (2012/01/13 13:30:41):

お返事すいません。
その文脈性は私も同意見です。ただ、私はその共感の様子に不吉さを感じた類かもしれません。
okudaさんの「受験生や若者にメッセージ」というのがあったのも、コメントを書くことを誘因しました。
後者の観点にてもう少々駄文を。

私個人でいうと、メタノウハウなしのノウハウは存在しないかもしれません。違う言葉で言うと、「わかる」「できる」ということが自分においてどうなのか何なのかということを(「わかる」という仕組みや現象をわかる、という自己言及含めて)突き詰めずに、わかったり、できたりすることはない、またはなかった、と思います。これぞ凡人の証左、ですね。たぶん天才はそんなこと考えなくともわかったりできたりするんだろうなぁ、と。なので、基本性能が低い奴程、メタの力がないと前に進めなくなる時期が早いので、早いタイミングで取組むのがよいかもしれません。

shiro (2012/01/14 01:36:09):

メタな視点を欠いた勉強/練習は私の嫌いな「努力主義」に陥る危険が高いと思うんで、何らかの俯瞰視点 (全体を支えるためにこういう柱が必要で、その柱を強化するためにこれをやっているんだ) が示された方が良いとは思います。

ただ、ある程度登ってみないと全体を俯瞰する視点を想像することすら難しい、ってのはままあることで (未知の問題に取り組む時はいつもそうですし)、その場合は「とにかくこれを身につけよ、そうすればわかる」っていうのも仕方ないことがあるかなと。

重要なのは相対化かな。「今やっている勉強/練習は、ある特定のスキルを磨くためのもので、それは問題によっては/人によっては役に立たないかもしれない。その時はまた別のスキルを見つけて磨く」ってことをわかった上で勉強/練習する。今やってることが全てだと思ってしまうといろいろしんどいので。

Post a comment

Name: