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2012/07/28

模範解答と過剰適応

大学の入試問題の正解/模範解答を公開すべきかどうか、という話。

それぞれの立場でいろんな事情があるわけだけど、リソースの問題とか クレームが発生した時の問題とか、そういうものが全部解決できたとして、 大原則として模範解答は公開されるべきなのだろうか。

現在の入試の形態、つまりペーパーテストで、何らかの採点基準があって、 点数順に並べて合否を決める、ということを無条件の前提にすれば、 受験生のためにも、透明性の担保のためにも、公開された方が良いという結論になりそうだ。

けれど、そもそも入試の本来の目的とは何だろうか。 入学後の課程をこなせる基礎があるかどうかを見ること、 その大学での課程によりふさわしい応募者を定員の範囲内で選び出すこと、あたりだろう。

その方法として現在の入試の形態は唯一の方法ではない。全員面接して決めてもいいし、 事前に「作品」を提出させてもいい。現在のペーパーテストは たまたま現実的でそれなりに使える結果が出るから使われてるだけだろう。 試験で得られる点数は、間接的な指標、本当に知りたいことの極めて大雑把な近似値、 proxyにすぎない。

点数順に並べて例えば45点がボーダーラインになったとして、では46点と44点の人に どれほどの違いがあるかというと、実質的な差は無いだろう。 採点基準の揺れやら、「高校で習ってない範囲は減点されるかどうか」なんて違いで100点 満点中5点程度の差が出たとしても、それは入試というproxyを採用することによる誤差範囲に 埋もれる程度の話。極端な話、「±5点くらい完全にランダムなオフセットを加算してから 合否を決めます」くらい最初に宣言しておいた方が、点数にこだわる人が減って良いかもしれない。

ランダムなオフセットというのは突拍子もないアイディアではないと思う。 可塑性のある系で必要以上に厳しい基準を使うと、システムが過剰適応してしまうので、 適度に遊びを持たせるとか入力にわざとノイズを乗せる、なんてのは珍しい話ではない。 それで人生左右される方はたまったもんじゃ無いと思うかもしれないけど、 人生ってそんなもんだ。調子の良い時も悪い時もある。 外的な擾乱が自分に有利に働くことも不利に働くこともある。 目指すべきは、アウトプットの分布が系統的に向上してゆくことであって、 一発勝負に人生賭けて勝つことじゃない。 例えば「就活」の話で企業の採用をまるで入試の合否のように考えている人を見ると、 入試への過剰適応の害って既にかなり蔓延してるんじゃないかという気がする。

模範解答を開示すれば、確かに試験で点を取る/取らせることに最適化できるだろう。しかし 過剰適応の弊害が大きく出ている場合は、むしろそれは避けるべき最適化かもしれない。

(ただ、togetterまとめに出てる、「講評」というのは良いと思う。 これが正解、これが不正解、という話ではなくて、答えがオープンである問題に対して どうアプローチしてゆくか、というのに参考になるから。 現実の問題のほとんどはそういう、模範解答のないオープンな問題なわけだし。)

Tag: Career

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