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2007/02/17

404 Blog Not Found: 俳優と脚本家について、長くなったのでこちらでお返事。 といってももともとの論旨(プログラマの待遇)についての話じゃなくて、 創作者が権利を主張することについての背景説明。

まず脚本家の役割について。

我々は映画を見ても、監督や主演俳優の名前は覚えていても、誰が脚本を書いたかを覚えることは稀です。しかしよく考えてみると、脚本というのは映画の設計図。元来もっとも重要なコンポーネントであるはずです。

プログラマーも、俳優よりは脚本家に近い仕事ですよね。脚本家は英語でscriptwriter。プログラマーそのものといっても過言ではありません。彼らの地位が低いとは思いませんが、プロデューサー(producer)や監督(director)や俳優(actoress|actor)に比べるとずいぶんと目立ちません。同じく「総合芸術」である建築と比べるとその差が際立ちます。

職業脚本家の具体的な収入については知らないが、(少なくとも米国の映画製作において) 脚本家が主導権を握るというケースは主流ではないと思う。 脚本がもっとも重要なコンポーネントのひとつであることは事実だが、 その質に最終的に責任を持つのはプロデューサ(場合によってはディレクター)であって、 脚本家はどちらかというと彼らの意図を脚本の形に具体化する専門職の役割だと思う。 実際、プロデューサ/ディレクターが気に入らなければ脚本家はすげ変えられるし、 プロデューサ/ディレクターが納得ゆくまで複数の脚本家に修正を依頼するのも 珍しいことではない。

Neill D. Hicksの "Screenwriting 101" (邦訳は ハリウッド脚本術―プロになるためのワークショップ101) の前書きに象徴的なエピソードがある。 脚本家である著者がプロデューサと新作のホラー映画について打ち合わせている。 プロデューサは脚本家のアイディアを全て一蹴した後、自分の作りたい映画について 語りはじめる。「2組の夫婦が山荘で吹雪に閉じ込められるんだ。食糧が尽きて、 夫が一人づつ外に助けを求めに出るが帰って来ない。飢えた妻二人はどうにかして 鶏を捕らえ、それを食べようとするが、その胃の中に夫の指を発見するんだ。」 脚本家は思わず尋ねる。「えーっと、その指はどうやって鶏の胃の中に入ったんでしょう。」 プロデューサは身を乗り出して叫ぶ。「そんなもん俺が知るか。脚本家はあんただろう。」

まあ、ここだけ見るとクライアントの無茶な要求をなんとか動く設計に落とし込む SEの姿が思い起こされるが、その設計をもとに欲しいものを作り上げるところに また多くの創造行為が必要とされるので、その点では映画や演劇の脚本は素材のひとつに すぎないとも言える。建築における設計と施行の関係とは若干異なるだろう。

次に、創作者の共闘について。

プログラマーは、共闘できるのでしょうか。もし共闘するのだとしたら、対数グラフで測らざるを得ないような強烈な生産性の差をどのように調整すればいいのでしょうか。護送船団を組むには、船足を揃えなければなりませんが、プログラマーという「船団」は、超高速宇宙船から丸木舟までいるのです。

俳優も(少なくとも収入で見れば)、一握りの有名俳優から、day jobをこなしながら オーディションに通う大多数のロングテールまで強烈な差があるわけで。 ユニオンは下限を保証するけれど、上限は設けてないから、仕事が選べる 立場になれば交渉次第ってことになる。で、下限というのは例えば映画のせりふのある役だと $700〜$800/日くらいじゃなかったかな。撮影が3週間として、 準主役でほぼずっと参加したとしても$15,000くらい。年2回そういう仕事が取れて どうにか専業で喰ってゆけるって感じだろう。でも年間の商業映画製作本数(米国内で せいぜい数百本)×準主役の数を考えれば、そんな役者の割合は決して多くない。

ユニオンの役割はむしろ、例えば撮影と翌日の撮影の間には何時間休息が必要だとか、 撮影の都合でぽっかり空いた日が出来ても約束の報酬は支払われるだとか、 「搾取されないための仕組み」を提供していると考えられる。俳優は 需要に比べてなりたがる人が非常に多いわけで、この仕組みが無ければ 最低ラインは限りなく下がってしまうだろう。 (日本のTV業界を垣間見ると、報酬についてはわからないが 撮影スケジュールについては無茶だなあと思うことはある。)

ユニオンが実効力を持っているのは、ユニオンメンバーは ユニオンと契約していない製作には決して参加しない、 という掟があるためだ。だからプロの俳優を使いたければこの最低ラインを 守らざるを得ない。一方、ユニオンと契約した製作は原則としてユニオンメンバーを 使う縛りがあるため、俳優の方もユニオンに入っていないとそういう仕事が取れない。 (なお、いろいろ書いているけれど私自身はノンユニオンなので、 全部外から見た話。インディーズ映画製作者向けに「映画が売れたらユニオン規定の 報酬を支払う。」っていう契約があって、私のようなノンユニオンが プロの俳優と仕事が出来る数少ないチャンスとなる。)

* * *

ところで、同じようなユニオンをプログラマ業界で作れたとして、それが実効力を 持つことは可能だろうか。

映画でこれが成り立っているのは、ノンユニオンだけで作った映画を 売って収益を出すのはものすごく難しいからだ。俳優だけでなく スタッフ等についてもプロの手を一切借りられないわけで、作品は ごく少数の例外を除けば一般の目には見劣りするものとなる (業界内での評価は別だが)。

ソフトウェアについては、しかし、一般の目はそこまで厳しくない。 というより、使いづらいしよく落ちるし頻繁に手をかけてやらなければ ならないソフトでも他に代替が無いから仕方無く使われているってのが 現状ではなかろうか。(組込み用途だともっと条件はシビアだろうが、 その場合はソフトウェアの出来が単独で一般に評価されることにはならない)。 高品質のソフトウェアが当然で、質の悪いソフトには消費者が見向きもしない、 という世の中が来れば、プログラマのスキルに対してよりシビアな評価が されるようになるかもしれない。高品質のソフトウェアを安定して つくり出せるプログラマはちゃんと評価され、良い報酬を得るだろう。

現状そうならない理由のひとつに、必要なソフトウェアに対して 供給されるソフトウェアが全然足りていないってことがあるかもしれない。 需要過多なら価格が上がりそうなものだが、要求品質を落とせば より安く調達できるので、そっちに流れている気がする。 そうである限り、ノンユニオンで安く提供する業者が現れつづける だろうから、最低条件縛りは効かないかもしれない。 (行政や大企業が納品条件としてユニオン縛りをつければ別だけど、 それはそれで癒着を生みそうだしなあ---質の判断をするのが 一般消費者でない限り)。

Tag: 芝居

Past comment(s)

とおる (2007/02/19 20:03:13):

プロデューサーズ というミュージカル映画を少し前に観たんですが、 これなんかを観るとまさに脚本は素材のひとつなんだなあと思いました。