Island Life

< GC切って性能向上 | 「『日本人の英語』は難しすぎる」への反応 >

2017/02/22

せりふを覚える

日本で学生劇団にいた頃、知り合いに声をかけまくって観にきてもらうわけだけど、 普段芝居をあまり観ない人が感心するポイントの一つに、「よくあんなにせりふを覚えられるね」 というのがあった。 でも、感心するなら芝居の中身に感心して欲しいなあ、 せりふなんて稽古してれば自然に覚えちゃうもんで、特別なスキルを必要とするものでもないしなあ。

…そう思っていた時期もありました。

今は考えを改めた。 せりふを覚える技術というのは訓練が必要な、そして役者が備えるべき重要な基礎スキルのひとつである。 単に、数週間のリハーサルで作る芝居を年2~3回やる程度ではたまたま必要なかったというだけなのだった。

Hawaii Five-0にレギュラー出演しているDennis Chun氏と、良くアクティングクラスで一緒になる。 氏自身は継続的にプロとして仕事をしてるんだが、 ハワイでより多くの役者を育成するためにと忙しい時間を割いて、 ときには撮影現場から直接駆けつけてくれるのだ。 上手い人とシーンを作るのも、作っているところを観るのも、とてつもない勉強になる。

時々、シーンパートナーが都合で欠席した時に、Dennisが急遽替わりで入ることがある。 Dennisはクラスの開始時にそのシーンの脚本を受け取り、 他のペアが別のシーンをやっている間にせりふを入れて、 1〜2時間後にはきちんとシーンを演じてみせる---単に覚えたというだけでなく、 キャラクタとしてそこに現れるのだ。 せりふを記憶から引き出すそぶりなど微塵も伺えず、 キャラクタが、その場で言葉を紡いでるようにしか見えない。

その域に達するまでの道は遠いとしても、短期間にせりふを入れることは、 役者としてキャリアを積もうと思ったら避けられない。 オーディションはしばしば1〜2日前に台本を渡されるし、 撮影でも前日や当日に変更が入ることは良くある。 さらにアクティングクラスを取っていれば並行して 数日で複数シーン覚えて準備してかないとならない時もある。 せりふを入れるという過程は全体のプロセスの最初の1ステップにすぎないけれど、 だからこそ日常的にこなさなければならない作業の一部でもある。

(もっとも、 限られた時間に基準をクリアする品質を届けるというのは大抵の職業で要求されることで、 別に役者が特別なわけではない。 人は、いつできるかわからない素晴らしいものよりも、 確実に今手に入る必要十分なものに金を払うのだから。 Cf. 手段としてのプロ)


せりふを入れるのは、闇雲に記憶力に頼るプロセスではなく、 テクニックだ。練習すればするだけ上手くなる。 私は次に挙げるテクニックを併用している。

物語から覚える

吟遊詩人は一字一句完璧に諳んじていたわけではなく、 ストーリーを覚えていてそれを都度言葉にして語っていた。 ストーリーを覚えるのは、一字一句覚えるのよりはるかに簡単である。

モノローグを覚えるテクニックとしてScott Rogers氏から教わったのは次の方法。

  1. まず、モノローグをストーリーとして1度通して読み、 全体の構造--始まりと、展開と、終わりを把握する。読み返したり覚えようとしたりしてはいけない。
  2. 次に台本を見ずに、今読んだ物語を自分の言葉で通して語ってみる。詰まっても台本に手をださず、何とか自分で落ちをつける。
  3. 一度通したら台本を見て、抜かしていたところとか、実際に台本で使われていた表現をチェック。
  4. ステップ2,3を繰り返す。

Scottはこれをモノローグの覚え方として教えてくれたのだけれど、 私はシーンを覚える最初のステップとしてよく使う。 特に、相手のせりふを一字一句覚えようとするのは自分のをやるよりもっと大変なんだけれど、 シーンの展開上相手がそこでどういう主旨の発言をして、そのせいで自分がこのせりふを言う、 というつながりを覚えるのはずっと楽だ。 これだけでは不十分なので後の方法も併用するんだけど、これで全体の構造を頭に入れると 途中で脱線した場合でも続けられる自信ができる。

トリガーを覚える

これはScott氏が、ダイアローグを覚えるテクニックとして紹介した方法。

  • 相手のせりふ中から、 「次の自分のせりふを言う動機となる言葉またはフレーズ(3語まで)」をマークする。
  • そのトリガーフレーズと、自分が言いたい内容、を対にして覚える。

トリガーフレーズは必ずしも相手のせりふの最後の方にあるとは限らない。 また、言葉ではなく相手の仕草や他の環境の変化がトリガーになる場合もある。

これはみんな使えるっていうんだけど、私はちょっと苦手。 直感的に反応しようとすると、 自分の使える範囲の英語での表現しか出てこなくて、 なかなか台本の表現と一致しない。

ただ、つながりを見通すためのシーン分析の第一歩になるので、 トリガーのマークはやるようにしている。

by roteで覚える

マイズナーテクニックで使われる方法。

せりふを、by rote (機械的に) 何度も繰り返して練習する。 ここでのby roteは特定の意味があって、感情を込めたり意味を伝えようとしたりしてはいけない。 個々の音素の発音、口や舌や喉の筋肉の動き等メカニックな要素のみに集中して繰り返す。 特定の感情を込めて繰り返すと、その言い方自体が習慣化してしまい、 実際のシーン中での自発的なリアクションの表現の妨げになってしまうからだ。

マイズナー曰く「言葉は感情の濁流に浮かぶ小舟である」だったかな。 どんな流れでも沈まないように言葉を準備しておけば、 シーンの中で起きる流れに安心して身を任せられる、という原理。

私にはこの方法が良く合っているようだ。 特に、英語は母語でないために、 直感で反応しようとすると発音がおろそかになったり前置詞や動詞句でつまづいたりする。 by roteで練習しておくとそういう下層が運動記憶として自動処理されるようになるので、 上位の感情や意味に集中できる。

シーン分析

シーンを作る上で欠かせないシーン分析だが、せりふを覚えるのにも役に立つ。 個々のせりふについて、なぜそこでその言葉を選択したかの明確な裏付けが与えられるからだ。

台本を受け取ったらまず分析する、という流儀もあるらしいが、 私はある程度自分で言葉を発してせりふを肉体化してみないと、 ObjectiveやSubtext、Actionがピンと来ないことが多い。

最初に大まかに仮のbeatとactionを割り当ててみるけれど、その後by roteでせりふを入れて、 何度も脳内でリピートしながら分析を進めてゆく、というのが私のやり方だ。

Tag: 芝居

Post a comment

Name: