Island Life

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2005/01/22

Paul Grahamのエッセイの新作が出てた。ひさしぶりに熱い内容だったので 一気に訳してしまった。

自分の高校時代を振り返ってみると、たぶん半分くらいは、 いや3/4くらいは、本当に好きなことをやっていたと思う(その大半は 演劇部だった)。でもどこかでブレーキをかけていたところがあった (「こんなに忙しくて大変だ」って思ってたからね。その時の自分に 数年後のスケジュールを教えたらどう思ってただろう)。 Paulがいうように、高校でできることの大部分はそれ以降の本物の仕事に比べたら 誤差くらいのものなんだから、遠慮無しにやってれば良かった。 今、時を遡ってあの時の自分に会えるなら、絶対後悔しないから もっとやれ、とハッパをかけるだろう。

でも、人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスが どの時点でも有効なはずだ。やりたいことはたくさんある。それなら、 絶対後悔しないから、貪欲に、遠慮せずにやればいい。

Tags: PaulGraham, 翻訳

Past comment(s)

cut-sea :

うーっむ!確かにおもしろいですね。 でも、この講演がキャンセルするのも分かるよ。 Paul Graham は刃物をギラつかせすぎ。

shiro :

ハッカーにTPOを期待しちゃだめでしょう。 でも高校の文化祭でこういう人を招いて、ついでに教師との パネルディスカッションなんかやったらすごい面白いと思うけど。 (私の出身高校で一度、生徒、教師、OBを集めたディスカッション企画に 参加したことがあって、結構面白かった。)

cut-sea :

あはは。口にできないことを平気で口にする、と。
多分 Paul Graham はキャンセル食らうなんて 本気で夢にも思わなかったのかもしれませんね。
一方、内容については私も共感できたし、Shiroさんのおっしゃる様に 高校時代に自分に教えてやりたいと思ったりもしますが、 もし、あの時点で興味のあった方向に走ってたら、UNIX や Lisp/Scheme には 出会わずに MS-DOS->Windows->VB とかに走ってた可能性が高いなと思ってたりする。
私が自身をラッキーだと思うのは、それなりに良いタイミングで 良い環境に出会えているってこと。 (もちろんWin->VBな分岐をたどった自分もラッキーだと信じてたかもしれないが)
良いタイミングとは自分がそれを受け入れられる(心の)準備が出来ているところで それに出会えているって思うこと。
あと10年早くschemeに出会いたかったというのも本心だが、 その時点の私がschemeに出会ってもつまらないと思ってしまって、 以降は素通りした可能性だってある。
私が思うのは常に出会ったことや教えてもらったことを咀嚼するのは、 今の自分じゃなくて、あくまでその時点の自分だってことですね。
実は小学生時代、担任不在の時に一度だけ教頭先生が突然教室にやって来て 代理で授業をしてくれたことがあって、その時に勉強の仕方という内容で、 学ぶ力を身に付ける方法について話してくれたことがあった。 おそらく大学の研究室に入るまでで最も高度な授業だったと(今の自分は)思う。
でもそのことはずっと忘れてて、研究室でゼミをやっている時に フラッシュバックの様に思い出して、あー、あの教頭先生が言ってたのは、 この事だったんだ!って思ったことがある。
きっとあの教頭先生は子供が教師に頼るのではなくて、 自力で全く新しい何かを学ぶ力を身につけることは可能だって 本気で信じてたんだろう。
あれはもっとずっとさりげない刃物だったけど、案の定私には見えなかった。 ちょっと奇妙な授業だったといった程度の印象だった。
Paul Graham の講演について言えば、多分ほとんどの高校生達は同じことでは無いが、 きっとどこかでこういう刃物に出会っているはずだ。ってこと。 ただ、これにズブリと刺されて真意を理解できるかっていうと・・・
私の高校時代にも『学校の勉強なんてクソだ』って言葉は 決して新鮮でもなんでも無かったし、 成功者が『とにかく好きなことをやることで成功したんだ』って経験談は、 当時もあったはずだ。
(もちろんそれ以上に学校の勉強をしっかりやれって主張はずっと多かったけど)
Paul Graham の主張が、そういった主張と同じだって言ってるんじゃないよ。 新しい主張かもしれないけど、刃物だっていう点で同じだと思う。 それを当時の自分は刺された事にすら気づいてなかったんだ。 当時の自分は『それはキレイ事さ』って思ってたんだね。 同じことが多分今の自分と10年後の自分の関係にも言えるんだろうな。